Wabi-Sabi Fllower Arrangement / Urushi
”「私」の生き方”を伝えることを目的とした“Blast Painting”について
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本作品は、松嶺の「私」の生き方を伝えるというテーマにおいて表現を行うAutobiographical Artによって制作された作品の一つ。
本作品は、松嶺が以下の3つの思想価値をクロスオーバーさせ、表現した作品です。
1. 松嶺自身が16歳の時に経験した大事故と、その事故後に生きた時間と経験から来る松嶺の人生感の表現です。松嶺は自身の受傷時のMRI写真を見ながら、頸椎の脱臼骨折の箇所と骨折具合を3Dモデリングにて自ら再現し、出力を行いました。頸椎の4,5番が脱臼骨折していることが作品に視覚的に表現されています。松嶺は、悲運を「それゆえに」と言える出来事に変えるための挑戦と心の鍛練を行ってきました。その事故が起因(種)となって、その患部から芽が出て花を咲かせています。痛々しい頸部と、ゴールドに咲き誇る花のコントラストが、松嶺の人生観・思想を表しています。
2. 千利休が唱えた利休七則の中の「花は野にあるように」という言葉に込められた思想が作品に引用されています。その言葉は一輪の花に、野に咲く花の美しさと自然から与えられたいのちの尊さを盛りこもうとするという思想について伝えていますが、一つの命が救われたことに対する感謝と、一つひとつの命を貴ぶ大切さを伝えたいという松嶺の思いが込められています。一輪の花によって、引き算の美学、詫び錆びの美学という日本的な表現が行われています。
3. その一輪の花はバラであり、バラはキリスト教が唱えるマザーマリアの「慈悲の心」を表現しています。松嶺は自分が起こした事故に「失敗」を強く感じました。受傷後にアメリカ留学を経験した松嶺はアメリカ生活において、人はみな失敗する、罪びとであるという前提の中で神に許しを請うキリスト教文化にインスピレーションを受けました。詫び錆びの美学の中に異文化の思想が一輪添えられる事はどうだろうか?という松嶺の心の冒険が表されています。
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